術中低血圧の定義はMAP(平均動脈圧)< 60 mmHg、またはSAP(収縮期血圧)< 90 mmHgである。腎灌流の維持にはMAP ≥ 60 mmHgが必要であり、これを下回る状態が持続すると術後AKI(急性腎障害)のリスクが上昇する。対処の第一歩は麻酔深度の確認と吸入麻酔薬の減量、次に晶質液のボーラス(犬 10〜20 mL/kg、猫 5〜10 mL/kg)。それでも改善しなければ昇圧薬(ドーパミン 5〜10 μg/kg/min CRI、ドブタミン 1〜5 μg/kg/min CRI)を開始する。徐脈(犬 < 60 bpm / 猫 < 100 bpm)にはまず原因検索(過深麻酔、迷走神経反射、高K⁺血症)を行い、必要に応じてアトロピン 0.01〜0.02 mg/kg IVまたはグリコピロレート 0.01 mg/kg IVを投与する。
| ❌ 旧来 | ✅ 最新 |
|---|---|
| 低血圧にはとりあえず輸液量を増やす | まず麻酔深度を確認。吸入麻酔薬の過量が低血圧の最多原因であり、MACの10〜15%減量だけで血圧が回復することは多い |
| 徐脈にはすぐアトロピン | アトロピン投与の前に原因検索が必要。過深麻酔や高K⁺血症が原因なら、アトロピンだけでは解決しない |
| 術中の低血圧は短時間なら問題ない | MAP < 60 mmHgの状態が15分以上持続すると、術後AKIや臓器障害のリスクを有意に上昇させる |
| 指標 | 低血圧の閾値 |
|---|---|
| MAP | < 60 mmHg |
| SAP | < 90 mmHg |
| DAP | < 40 mmHg |
⚠️ オシロメトリック法(間接法)の限界: 猫や小型犬では測定値の信頼性が低下する。特に低血圧時は測定不能になることがある。高リスクの手術では直接動脈圧モニタリングが推奨される。
| Step | アクション | 詳細 |
|---|---|---|
| 1. 麻酔深度の確認 | 吸入麻酔薬の減量 | 眼球位置・顎緊張度・呼吸パターンを確認。MAC値の10〜15%減量を試みる。これが最も多い原因 |
| 2. 輸液ボーラス | 晶質液の急速投与 | 犬: 10〜20 mL/kg / 猫: 5〜10 mL/kg を10〜15分でIV |
| 3. 昇圧薬の検討 | Step 1-2で改善なし | 下記の薬剤選択表を参照 |
| 4. 原因検索の継続 | 出血・不整脈・アナフィラキシー | 外科チームとのコミュニケーション。術野での出血量の確認 |
| 薬剤 | 用量 | 主な作用 | 適応 |
|---|---|---|---|
| ドーパミン | 5〜10 μg/kg/min CRI | β1(心拍出量↑)+ α1(末梢血管収縮) | 一般的な術中低血圧の第一選択 |
| ドブタミン | 1〜5 μg/kg/min CRI | β1主体(心収縮力↑) | 心原性低血圧(DCM等)に特に有効。末梢血管抵抗はあまり変えない |
| ノルアドレナリン | 0.05〜1.0 μg/kg/min CRI | 強力なα1(血管収縮)+β1 | 血管拡張性ショック(敗血症等)に使用。一般的な術中低血圧には過剰なことが多い |
| エフェドリン | 0.05〜0.1 mg/kg IV ボーラス | 間接的カテコラミン作用 | 一過性の低血圧に対するレスキュー。効果は短時間(10〜15分) |
💡 臨床Tips
- CRIの調製: ドーパミン・ドブタミンはシリンジポンプでの投与が理想。ポンプがない場合は輸液バッグへの添加投与も可能だが、流量の変動に注意。
- 猫ではドブタミンが比較的安全に使用できる。ドーパミンの高用量(> 10 μg/kg/min)は猫で頻脈や不整脈のリスクが高い。
| 動物種 | 徐脈の閾値 |
|---|---|
| 犬(小型犬) | HR < 60〜70 bpm |
| 犬(大型犬) | HR < 50〜60 bpm |
| 猫 | HR < 100〜120 bpm |
| 原因 | 機序 | 対処 |
|---|---|---|
| 過深麻酔 | 心筋抑制 | 吸入麻酔薬の減量 |
| 迷走神経反射 | 眼球操作、腹部臓器の牽引(特に胆嚢・膀胱・子宮) | アトロピン。外科医に臓器の牽引を一時中断してもらう |
| 高K⁺血症 | 心伝導障害 | 10% グルコン酸カルシウム 0.5〜1.5 mL/kg IV slow。原因の治療 |
| α2作動薬の使用 | デクスメデトミジン・メデトミジンの心血管作用 | 必要時アティパメゾール(拮抗薬) |
| 低体温 | 心筋の自動能低下 | 復温。34℃以下では薬剤反応が低下する |
| 薬剤 | 用量 | 作用発現 | 作用持続 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| アトロピン | 0.01〜0.02 mg/kg IV | 1〜2分 | 15〜30分 | 速効性。BBB通過性あり(中枢作用あり) |
| グリコピロレート | 0.01 mg/kg IV | 2〜5分 | 30〜60分 | BBB非通過性(中枢作用なし)。作用は穏やか |
⚠️ アトロピンの盲目的投与は危険: 高K⁺血症による徐脈にアトロピンを投与しても効果は一時的であり、根本解決にならない。3度房室ブロックでは心室応答の改善が得られないことがある。必ず原因を考えてから投与する。
低血圧と徐脈が同時に起きた場合は、以下の順序で対処する。