猫の心臓病の約2/3を占めるHCM。無症状のうちに見つけてATE(動脈血栓塞栓症)を防ぐ。
「聴診異常なし=心臓病なし」は猫では通用しません。 猫のHCMの多くは無症状・無雑音で進行します。 早期発見には血中バイオマーカー(NT-proBNP)の活用と心エコー検査が必須です。また、ピモベンダンのルーチン投与は推奨されず、LVOTO(左室流出路閉塞)の有無による厳格な使い分けが求められます。さらに2025年、病態そのものをブロックする新薬開発の動きも出てきています。
| ❌ 旧来の常識 | ✅ 最新のエビデンス |
|---|---|
| リスク猫を聴診し、心雑音がなければ安心させる | HCMの約2割は心雑音が聴取されない。メインクーン等の好発種や高齢猫には定期的なエコーかNT-proBNP測定を推奨。 |
| 心機能低下に対し、とりあえずピモベンダンを処方 | LVOTO(SAM現象による閉塞)がある猫にピモベンダンを投与すると、閉塞が悪化して致死的な結果を招く危険がある。エコーでの確認が必須。 |
| HCMと診断されたら、予防的にすぐ心臓薬を開始する | ステージB1(無症状+左房拡大なし)では積極的な投薬は推奨されない。定期的なエコー観察が基本。 |
| 指標 | カットオフ値 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| 壁厚(LVPWd / IVSd) | 拡張期 ≥ 6 mm | HCMの診断基準(ACVIMコンセンサス2020) |
| LA/Ao比 | ≥ 1.5 で疑い、≥ 1.6 で明確な拡大 | ステージB2への進行判定。血栓リスク上昇。 |
| NT-proBNP(スクリーニング) | 100 pmol/L | 正常 vs 異常の一次スクリーニング |
| NT-proBNP(心拡大/CHF予測) | 250〜270 pmol/L | 心拡大・うっ血性心不全のリスク予測 |
| ATE予後不良因子 | 直腸温 < 37.2℃、後肢両側麻痺 | 特に予後不良のマーカー |
猫のHCMは突然死や後肢麻痺(血栓症)で発覚することが多く、それを未然に防ぐのが一般臨床の大きな課題です。
心筋にかかる伸展ストレスに応じて分泌されます。 * スクリーニングカットオフ: 100 pmol/L。これ以上であれば心筋症の疑いとして心エコーへ進む。 * うっ血性心不全の予測: 250〜270 pmol/L で心拡大やCHFのリスクが高い。 * もう一つの使い道: 呼吸困難の猫が「心因性」か「呼吸器疾患」かを鑑別するのにも有用。 * 限界: 重症度と完全に相関するわけではなく、診断を確定するものではありません。「異常値が出たら必ずエコーへ進む」ためのゲートキーパーとして使います。
HCMの確定診断とステージ分類に絶対必要です。 * 壁の厚さ: 拡張期のLVPWまたはIVSが 6.0 mm以上 あればHCMを強く疑います(5.5〜6.0 mmはボーダーライン・要経過観察)。 * LA/Ao比: 1.5以上で左房拡大疑い、1.6以上で明確な拡大。ステージB2への移行判定。 * SAM(僧帽弁収縮期前方運動)とLVOTO: 収縮期に僧帽弁の前尖が中隔側に引き寄せられ、血液の出口を塞いでしまう現象。これの有無によって治療薬(特にピモベンダン)の選択が180度変わります。
二次性の心筋肥厚(高血圧、甲状腺機能亢進症、末端肥大症など)は必ず除外してください。
| ステージ | 状態 | 推奨されるアプローチ |
|---|---|---|
| Stage A | 一部遺伝的リスクがあるが正常(メインクーン等) | 年に1回の定期検診(NT-proBNP、エコー)。 |
| Stage B1 | 無症状 + 左房拡大なし(LA/Ao < 1.5) | 投薬不要。6〜12ヶ月ごとのエコーモニタリング。ストレス回避と体重管理。 |
| Stage B2 | 無症状 + 左房拡大(LA/Ao ≥ 1.5)、SEC(モヤモヤエコー) | クロピドグレル 18.75 mg/cat(1/4錠)1日1回(FAT CAT studyにてアスピリンよりATE再発期間の延長が有意)。必要に応じてβ遮断薬。 |
| Stage C | うっ血性心不全(肺水腫、胸水) | フロセミド 1〜2 mg/kg 1日2〜3回(安静時呼吸数 < 30回/分を維持できる最低用量に調整)。ピモベンダン 1.25 mg/cat 1日2回(LVOTOがない場合に限り。適応外使用だが生存期間のMSTを延長するエビデンスあり)。クロピドグレル継続。 |
| Stage D | 治療に反応しない難治性心不全 | 利尿薬の増量や切り替え(トラセミド)、胸水抜去などの緩和的ケア。 |
飼い主への説明やインフォームドコンセントにおいて必要な数値です。
| 状態 | 生存期間中央値(MST) |
|---|---|
| うっ血性心不全(CHF)発症後 | 約 6〜18 ヶ月 |
| 動脈血栓塞栓症(ATE)発症後 | 約 2〜6 ヶ月 |
| ATE+後肢両側麻痺 or 直腸温 < 37.2℃ | 特に予後不良 |
「病勢そのものを遅らせる」新薬の可能性 これまでHCMの治療は「出た症状を抑える」対症療法が基本でしたが、現在米国(FDA)にて、心筋肥大を引き起こす「mTOR経路」を阻害する新薬(有効成分:シロリムス/ラパマイシン、製品名Felycin-CA1等)が条件付き承認を受けるなど、全く新しいアプローチが登場しつつあります。今後数年でHCMの治療戦略が根底から変わる可能性があります。